グアム・サイパン太平洋の伝説


恋人たちの物語

恋人たちの物語 THE TALE OF TWO LOVERS ④

 時々、兄達が通り過ぎる事もありました。その時、ジョセフとエレナはじっと息を殺して、大きな木の影に自分達の姿を溶け込ませました。

 2人はお互いの家族が、自分達が自由に合う事が出来ない様に、どんな事をしても止められる事は十分にわかっていました。

 ジョセフはさらに成長し、彼の怒りも増幅していきました。
 「何故僕達が昔からの確執に引きずり込まなければいけないんだ?」
 「僕達は何もしていないじゃないか。僕は君を、愛と名誉を誓って正式に妻としたい、それだけだ。どうして僕達の結婚が家族に受け入れてもらえないんだ?」

 「私達が結婚するなんて、絶対に許されないわ!もちろん父に逆らう事など決してできない。でも私の気持ちを変える事はできない…」エレナは悲しみに打ちひしがれながら言いました。
 「僕達はただ一緒に居たいだけだ。いつかきっと障害が無く、一緒に居られる時が必ず来る、その時本当に幸せになるんだ。」ジョセフは言いました。
 「エレナは答えました。」「そうね、私の心も同じ気持ちだわ。」2人は互いを強く抱きしめあいました。

 突然、木の上で何かがガサガサと音をたてました。エレナはさっと下がりました。
 「ジョセフ、ここはあまりに危険すぎるわ。もう行かないと、きっと私の事を探しているから。」
 「じゃあ、これを持って行って。これは僕のおばあさんのマンティラ(スカーフ)だよ。明日の夜中にまた来るよ。この白いレースのスカーフは、木の中に居てもすぐに見つけやすいから。じゃあ気を付けて!」

 ジョセフはマンティラをエレナの手の上に置くと、素早く駆け抜けていきました。それからエレナはスカーフをドレスの下に隠して、悲しみに浸りながら家へ戻っていきました。
 その日の夜遅く、エレナの兄達は妹の事を話し始めました。
 「何かがおかしいぞ」一番上の兄が言いました。
 「エレナはまだあの男と逢っているに違いない。明日エレナが森へ行く時に、こっそり後を付けて2人が逢っているかを確かめよう。あの男が俺たち家族に何をしているか思い知らせてやるぞ。」
 翌日は、一切れの銀色のスライスがぼんやりと真っ暗な森の闇の中に浮かび上がる様な、そんな月明かりだけの、とても暗い夜でした。

 エレナは彼女の黒くて長い髪にジョセフから手渡された白いマンティラをしっかり被ると、森へ続く小道に沿って歩いて行きました。もちろん、その後ろから兄達が着いてきている事など知る由もありませんでした。いつもの木に辿り着き、エレナが根元に腰かけた途端、草むらから突然ガサガサと音がしました。

 「ジョセフ?ジョセフなの?」
その時、エレナの兄達の姿が暗闇から現れ、辺りの草むらに突入しました。兄達は全く視界が効かない中で、持ってきたマチェテを夢中で振りおろして何かを仕留めたのです。辺り一面に血飛沫が飛び散り、非情な叫び声が周囲に響き渡りました!

 しかし、それは人間の叫び声ではありませんでした。そこには野生のイノシシが傷ついていました。何と愚かな間違いを起こしたのでしょう、兄達はその光景を目にして後ずさりました。負傷したイノシシは、のろのろとその場を離れていきました。

 エレナは兄達を怒りました。「私は一人きりで歩きたいのよ! 私に必要なのは一人で静かに過ごす時間、たったそれだけが何故許されないのです?どうして兄さん達は常に私を疑ってかかるの?」
 一番上の兄がエレナの腕を掴んでこう言いました。
 「お前はこんな暗闇に一人きりで出歩くんじゃない、本来なら家に居るべきだ。」一通りの騒動の最中、 エレナはレースのマンティラが滑り落ちていた事に気がつきませんでした。




 エレナとその兄達が森を去った直後、ジョセフが到着しました。辺り一面に血が飛び散っていました。木々の枝はあちこち折れていて、葉っぱがたくさん散っています。そして何よりも彼の眼に鋭く飛び込んできたのは、たくさんの血が染み付いたレースのマンティラでした。彼はそれをそっと拾い上げ、泣き始めました。

 「何という恐ろしい事が起きてしまったのだ! ここでエレナが僕を待っている間、何者かに襲われてしまった!ああ、何て事だ、全ては僕の責任だ!僕が彼女を守るべきだったのに!!」
 ジョセフは体全身ですすり泣いていました。
 あの美しいエレナがいなければ、彼の人生は何の意味をも持ちません。彼はそこにあった木から、エレナがいつも手にしていた大好きな白い花弁の花を摘みました。ジョセフはその花を胸に抱くと、ゆっくりと彼の腰のベルトからナイフを引き抜きました。そして、躊躇することなくそのまま自身の胸にナイフを突き立てたのです。
同じ頃、エレナは兄達の目を盗んで抜け出すと、再び森へ戻ってきました。そこで彼女は、ジョセフが血の海の中に横たわっているのを発見したのです。
エレナは兄達がやったのだと思い、横たわるジョセフを腕の中に抱きかかえ泣きました。
「兄さん達、なんてひどい事を!」ジョセフはかすかに意識があり、最後にエレナを見とめると、そのまま息を引き取りました。
エレナはどうすれば良いのかわかりませんでした。彼女にとってジョセフのいない人生など考えられません。そして、2度と兄達の顔を見たくはありませんでした。エレナはジョセフの胸に突き刺さったナイフを引き抜きました。そして彼の胸に横たわる白い花にそっと触れ、最後にもう一度自分の最愛の人をじっと見つめました。
そして次の瞬間、彼女は自分の心臓に深く達するようにナイフを突き立てたのです。エレナは自分の唇に触れて、ジョセフの唇を触りました。息を引き取る直前、エレナは最後の力を振り絞り、彼の胸とそこに横たわる白い花の上に自分の手を重ねました。
次の日の朝、家族がこの2人を発見した時、そこで信じられない奇跡を目にしました。
そこに咲いていた白い花が、一枚の花弁だけを残して、全て見事な赤色に変わっていました。そして、最後に残った一枚の白い花弁は、涙が飛び散った様な模様に染まっていたのです。その涙の模様の色は真っ赤な血の色でした。
彼らは森の中の木々に咲く花弁を全て見て回りましたが、一枚残らず花の色が変わってしまっていました。
遂に彼ら互いの家族は、自分達の心の底に互いを嫌い合う悪魔の感情が潜んでいた事に気が付きました。今こそ、彼らの心を変えなければなりません。
そうです、奇跡は起こったのです。真っ白な花達が、全て燃える様な赤い色に変わりました。森の中のその木々は「エレナとジョセフの永遠の愛」という名で、その後人々に呼ばれるようになりました。
今でもフレームツリーは一枚の白い花弁だけが血の涙の模様を残し、その他は燃える様な真っ赤な色を称えて、美しく静かに咲き続けています。


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